2018年4月14日土曜日

1%の真実

特別支援や障害者福祉に批判的な意見を述べることが多いので、私のことを「よっぽど嫌っている人」「恨みがある人」「全否定している人」と思っている人がいます。
でも、誰にとっても有害なものであり、無くなってほしいものだとは思っていません。
そういった教育や支援が必要な人はいますし、そもそも必要な人、必要な時期に積極的に利用し、より良い成長、生活、人生へと繋げていけば良いと考えています。
入所施設で働いていたときも、いろんな批判を受けることがあるけれども、入所施設、福祉があることで救われる人もいる、必要な人もいる、と感じながら仕事をしていました。
今は治りたい人、治したい人達と共に歩んでいますが、特別支援、福祉は大切なものだと考えていますし、一緒に働いた仲間たちや同じ志を持った人達がたくさん教育、福祉にいるのも事実です。


じゃあ、なんで批判的な意見を述べるのか。
そもそも私は批判的な意見とは思っていなくて、真実を述べているだけ、情報提供しているだけ、という認識です。
また、ある側面だけの情報を伝えるのはフェアではなく、卑怯だと考えています。
特に、情報の裏を読み解くことが苦手で、そのまま信じてしまう傾向が強い方達、初めて出会う障害、特別支援という不安で、手探りで、情報を欲している家族の方達に向けてブログを書いていますので、内容によっては厳しく、ネガティブな感情につながるような内容でも、きちんと記そう、それこそが誠意である、という想いでいます。
真実を伝えると、相手がショックを受けるから、そこには触れないでおこう、良い面だけを伝えようとするのは、結局、その人のためにならず、自分自身が可愛いがための行為だと思うのです。


ギョーカイ(ギョーカイは否応なしに嫌いですし、潰した方が良いと思ってますが)、支援者が発信している内容を見ますと、「同じ話を聞いたことがあるな」と思うことがあります。
つまり、ギョーカイであっても、障害を持った人を自己治療、食い扶持のために利用している支援者であっても、中には自立する人もいるだろうし、幸せな生活を送っている人もいます。
だから、「支援があって良かった」「特別支援によって成長、自立した」というのは事実。
でも、そういった良かった事実の裏で、選択肢が狭まった人、生きづらいままの人がいませんか?と感じるのです。


特別支援、福祉が、誰かの人生を良い方向へ後押しできた面もあれば、その反対もある。
それなのに、「〇〇療法、サイコー」「一生涯の支援がより良い人生につながる」などとばかりやるから腹が立つ。
「治るなんて言う方がおかしい」も同じ。
実際、ギョーカイ人、支援者、医師に、「この子は一生福祉、支援が必要」「言葉は出ない」「勉強は無理」と言われた人達が、普通学級で学べるようになったり、進学したり、一般人として就労したりしている。
少なくとも、ギョーカイの支援を受けてきた人よりも、成長、自立、選択肢が増えた人が多い。
だから、そのことを言って何が悪いんだと思います。
むしろ、こうやって可能性を広げ、自分の人生を謳歌できている人の話を伝える方が、本人、親御さんにとって力になるはずです。


反対に、暗くなるような話、ネガティブな情報であったとしても、その情報を知ることによって、より主体的に、現実をみて、人生を、選択肢を考えられるようになると思います。
「厳しい話だったけれども、聞くことができてよかった」と言われる親御さんは少なくありません。
ネガティブな情報を知ることが、ネガティブな未来になることとは違います。


自分が関わってきた100人に1人、1000人に1人の話を、あたかも全員が全員、そうなるが如く言うのはおかしなこと。
「その話、いつの話ですか?」と尋ねると、「え~と、10年前」というようなこともある。
「それって、何人ぐらいがそうなったんですか?」と尋ねると、「1人ですが…」というようなこともある。


1%の真実を99%の真実のように述べるのは、どこの世界にもよくあることですが、過大広告に気が付きづらい人、藁をも縋る想いで情報を得たい人の前でやってはいけないと思います。
みんな、そういった人達と関わっているという自覚があるのに、騙すようなことをやるもんだから、より卑怯だと私は感じるのです。
ギョーカイがある一面だけの話をするから、1%の真実のみを伝えようとするから、私はより別の側面、真実があることも伝えようと思います。


意図が伝わらず、離れていった人、怒り、顰蹙を買った人もいます。
でも、私は真実を伝えること、いろんな角度から物事を捉えられるよう情報提供することは、真摯に向き合う姿勢だと考えています。
たとえ、結果として同じ選択肢、道を選ぶことになったとしても、知らないで選択するのと、知ったうえで選択するのは、全然違うはずです。


親御さんご自身ではなく、子どもさんの人生に関わる選択という場合もありますので、あらゆる情報を知ったうえで考え、選択し、歩んでいった貰いたいと思います。
「これを伝えると、かわいそうだから言わない」は、とっても失礼なことです。
かわいそうと思うのは、本人ではなく、自分自身であり、自分自身の価値観だから。
伝えたあと、自分がどう思われるか、嫌われるかは、コントロールできることでも、すべきことでもありません。
大事なことは、本人の主体性を尊重し、自らの意思で選択してもらうこと。
それこそが、本当の支援といえるのではないでしょうか。
まあ、嫌われるのが怖い支援者の多くには難しいでしょうがね(ブ)

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