2015年12月27日日曜日

やりません宣言は、やれません宣言

「私は子どもの支援(教育)しかしない」
などと、意味不明な宣言をする人がいるんですよね~。
大学にもたくさんいましたよ。
「成人!?ムリムリムリ。やっぱりかわいいから子どもの方がいい」
というような学生も。
まあ、教育大学なので、子どもが好きな人が多いでしょうし、子どもを育てる仕事がしたいから、進学したんでしょうし。
施設で働いていたときも、「絶対、子ども」という配属希望の人も多かったですね。
中には「絶対、成人」という人もいましたけど。

いやぁ、別に希望することを否定しているわけじゃないんですよ。
そりゃあ、子どもの支援(教育)がしたい人もいれば、成人の支援(教育)をしたい人もますよね。
それは当然のこと。
でも、それって、どちらも経験して言っているのかな、という疑問があるんです。
ちょっと見たり、聞いたりしただけで、やりません宣言は、や"れ"ません宣言にも聞こえるんですね。
特に、すでに支援者として、教育者として働いている人間に対しては。

私は施設で働いていたとき、子どもも、成人も、支援させてもらいましたが、やっぱり子どもの方がぐんぐん成長しますし、問題行動があったとしても治しやすいですし、身辺面の手助けも負担が少ないですよ。
成人の人たちの問題行動は結構しんどいですし、身辺面だって…。
でも、どちらも経験したから、見えてくるものがあるんですよ。
子どもも、成人も、独立して存在しているわけではないですから。

人はつながっています。
今、目の前にいる人にも、過去と未来がある。
子どもだって、いずれは成人するのですから。
というか、成人後の豊かな生活、人生のための支援、教育であり、社会の一端を担えるような人材に育てていくのが、役割だと思うんですけどね。
その人の成長をどうサポートしていくのか、でしょ。
「生涯に渡る支援」は、成長の支援のはず。

何だか、離職者が多いみたいで、相談業務に現場経験のないスタッフが増えてますよね。
新人を育てることは悪いことではないですけれど、卒業後、すぐに相談業務っていうのはね・・・。
相談されても何も答えられないでしょうし、家族の方が経験が多いでしょ。
せめて現場で働いてから、相談業務にあたってほしいですよね。
結局、現場経験のない相談畑の人間が、いらないプライドだけたくさん持ってて、頓珍漢なことを言うんですよね(ブ)
あっ、数名の顔を思い浮かべてしまって、話が横道にそれちゃった(笑)
何が言いたかったといったら、成人と関わったことがない人間が、子どもの支援(教育)を偉そうに語るんじゃない!、ということ。
(反対に、相談業務したことがないヤツが偉そうに語るんじゃない、と言われそうですがww)
成人の生活、成長と課題を知らずして、真の子どもの支援(教育)はできない、と私は考えています。

子どもの支援(教育)は、子ども達の未来を創る仕事でもあるのですから、未来を知らずして将来につながるような学びはできないはずです。
私は、子どもでも、もちろん、成人でも、その人の未来を想像し、常に頭に置きながら支援(教育)をしています。
私が支援に関わらせていただいた方は分かると思いますが、話でも、計画でも、報告でも、未来の要素が入っています、というか、未来がない支援はあり得ないですよね。

成人後の障害者の生活、実態を知らない人間が、入居施設やグループホーム、作業所、障害者就労などをバカにすることって、あちこちで見聞きしますね。
まあ、だいたい「子どもの支援(教育)しかしません」宣言しているヤツか、したことがないヤツって相場が決まっています。
バカにする暇があるなら、一日でも良いから働いてみなって思いますね。
成人支援は、就労でも、生活でも、どこもかしこも人手が足りなくて困っていますから、仕事がお休みの日にボランティアでもやってみたらいいですね。
きっと一日も持ちませんよ。
資格も、学歴も、助けてはくれませんから。
あるのは人と人、問われるのは「何ができるか」という腕のみです。

だから、結局、やりません宣言は、やれません宣言なんです。
私も多くの支援者、親御さんと接してきましたが、センスの良い人は、子どもでも、成人でも、きちんと支援できるし、成長のサポートができる。
子どもの支援(教育)ができない人は、成人も無理ですし、逆もまた然り。
子どもの支援(教育)がうまい人は、成人もばっちりです。
若い親御さんでも、「あっ、この人、センスいいな」と感じる方は、子どもがいくつになっても成長していきますもんね。
子どもだけ、成人だけ、ではなく、"人"成長をサポートできる人間が本物です。
人生をぶつ切りにしかできない支援者、教育者と、現場経験のない相談員には、人をトータルで成長させることはできませんよ。

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