2015年12月15日火曜日

中途半端な優しさが誤学習の元

ネタはあるけれど、ここに書けないネタが多いので、困ってしまいますね(笑)
まあ、てらっこ塾を利用して頂いている方には、サービスとしてお話ししていますが♪
ネタと言葉を選んで表現するのも勉強です。
スパイスだけだったら、ただの"辛い"にしかなりませんが、そこにまろやかさを足して美味しくしなければなりません。

スパイスだらけで、うま味のない手料理を出されたら、きちんと「辛いだけ」「うまくない」と言わないといけませんね。
それじゃないと、料理を作った相手は、また同じ味の料理を作るかもしれませんし、腕も上達しません。
美味しくない料理が出されて、「うまい、うまい」と言うのは、相手を誤った方向へと進ませることにもなりますよ。
特に、「気を遣って敢えて「美味しい」と言ってくれたんだ」というように相手の視点を想像することが苦手な方に対しては。

自閉症の人が社会から離れていく背景に、こういった周囲の優しさが誤学習につながってしまっていることがあります。
「うまい」と言われれば、そのままの言葉として、そのままの評価として受け取る人がいます。
他者が「気遣っている」という視点
一人の評価は世の中の評価全体を表しているわけではないという視点
評価が決定事項ではないという視点
を想像することが苦手なのです。
そうなると、本来なら否定され、修正されるべき話も、どんどん強化され、突き進んでいくことになります。
周囲が自閉症の理解がある人だけなら良いかもしれませんが、おかしな言動は一般の人からしたらおかしな言動にしかなりません。
そういったときに、結局、傷つくのは本人なのです。

自閉症の人と関わっている人で、こういった中途半端な優しさを振りまいている人は多いです。
どんなことでも、「いいよ、いいよ」「上手、上手」と言う人たち。
こういった人は、上記のような自閉症の人の視点を説明しても受け入れようとはしません。
だって、心から自閉症の人、というか、目の前の人のためになると思ってやっているので。
つまり、温かく受け入れること、称賛することが、本人のためになると思っている。
でも、そこには定型発達の視点のみがあり、自閉症の人の視点が抜けていますよね。

また、こういった周囲の人の中で過ごしていると、当事者の人も、自分に都合の悪い指摘、話に耳を貸さなくなる場合があります。
他の言い方をすれば、良い内容ばかりを選択することになる。
実際に、誤学習が雪だるまになってしまっていて
「私には才能がある」
「私は天才だ」
「私は間違っていない」
「この社会が間違っているんだ」
など、一般社会の考えとはかけ離れた思考を持っている人がいます。

就労経験がないのに、「私が働けないのは社会の仕組みが間違っているからだ」と言っている人もいて、「いやいや、働けるスキルも、その準備もしていないから、働けないのです」と言っても、聞き入ってくれませんでした。
この方は、周囲から称賛ばかりされていた人です。
周囲の人間としては、不憫さもあったのでしょう。
優しさもあったのでしょう。
でも、それが現実とかけ離れた思考を作ってしまい、却って社会に出る可能性を狭めてしまっていたのです。
ちなみにこの方は、発達障害を持っていたと呼ばれる偉人ばかりの情報を集め、自分も同じだと考えていました。

まあ、こういったケースは稀なのかもしれませんが、周囲の優しさが誤学習の元になっている場合は少なくありません。
自閉症の人の自立を妨げているのは、その特性ゆえというよりも、こういった積み重ねの誤学習の方が多いような気がします。
「この誤学習さえなければ…」なんて思うことはしょっちゅうあります。
SNSの「いいね」は、結構、誤学習につながっていると思いますよ。
「いいね」は、いいねですからね。
とにかく受け入れるにしても、称賛するにしても、きちんと自閉症の視点を入れて行わなければなりません。
中途半端な優しさは、最後に彼らを傷つけてしまうこともあるのですから。

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