2020年6月29日月曜日

【No.1076】親にもある赤ちゃんからの積み重ね

子どもがそうであるように、親御さんもまた赤ちゃんからの積み重ねがあるものです。
ですから、その積み重ねを大事にしてほしいと思いますし、子育ての中でも、ある意味、自己流を貫いてほしいと思っています。


赤ちゃんからの積み重ねを押し込め、後から学んだ知恵で子育てをするのはもったいないことです。
そんな親御さんをたくさん見てきました。
学生時代にお会いしたときは、子ども想いで、どこにでも普通にいるお母さんだったのに、数年後、私が社会人になってお会いすると、学生時代に私が感じていたその雰囲気がすっかり失われてしまっている、なんてことがありました。
最初は愛する我が子のために、と思って始めた勉強も、いつしか勉強のための勉強になり、お母さんという役割から支援者の役割へと変わっていった。
我が子が泣き叫んでいるのに、無表情で絵カードを見せている姿に、ぞっとしたものです。
以前のお母さんなら、我が子に駆け寄り、ぎゅっと抱きしめたはずなのに。
子どもを支援の対象として、つまり、子どもを子どもの内側から見えなくなることが、支援するものになる、ということなんだと思います。


発達相談の依頼をお受けする際、事前に子どもさんの情報をメールで送ってもらうようにしていました。
でも、それはよくないなと思い、リクエストするのをやめました。
何故なら、それだとどうしても、支援する側と支援される側という関係性が築かれてしまうからです。
事前にお子さんの情報を知っていると、知らず知らずのうちに、発達相談が答え合わせみたいになっています。
「うまく走れないんですが。そして、よく躓くんです」
「それは、ハイハイを飛ばしたことが関係してるのでしょう。肩甲骨の動きが固ければ、立体視もできていないかもしれませんね」
「そんなことが影響するんですね」


こんな発達相談は、その場限りで何の役にも立ちません。
大事なことは、親御さんが主体的により良い子育てを考えていくことです。
私とお子さんの関係はその日限り、ほんの一瞬ですが、親御さんと子どもさんの関係は長く続いていきます。
この"長く続く"に子育ての本質があります。


親御さんだって、子の生きた年数しか親になっていないのです。
2歳の子の親なら、親になってまだ2年、10歳の子の親なら、親になってやっと10年。
支援者も2年目の支援者、10年目の支援者という者がいますが、親御さんのような連続性はありません。
親子で積み上げてきた10年間と今後成人するまでの10年間の未来が連続している。
さらに、親御さんが赤ちゃんから積み上げてきたものと、我が子の人生、子育てが連続している、繋がっていることが重要だといえます。


親子の関係性の中でで行われる子育ては、すべてオリジナルです。
それが「自閉症の子には、まず構造化ですね。視覚的に示すことですね。見通しを持たせて」という目の前にいる一人の子と何もつながっていないような知識の伝達を行っても、発達は生じないし、ただその場しのぎの支援を行っているだけになります。
発達は支援と違って、介護と違って、支援者と違って、ぶつ切りでは生じないのです。
子どもさんの人生、生きた年数という流れで見ていかなければなりませんし、親御さん自身の赤ちゃんからの積み重ねともつながる必要があります。
発達とは流れです。


私が事前に頂いた情報をもとに発達相談をしていては、その大事な連続性、流れが失われてしまいます。
問いかけに対して答える、問いかけに対して答える、では、対面式のキャッチボールです。
本来、子どもの視線に立って、それこそ、子どもさんの内側から見る、という具合に進めていかなければならないのです。
親御さんと子どもさんが繋がり合い、子どもの視点からその辛さ、希望、望み、発達の力を感じることができるようになるのが理想ですし、それができるのが親子という関係です。
親と子の一体化がなされると、子育ての迷いが少なくなり、どこを育てたがっているか、どのくらいで治っていくかが見えてくるものです。


発達相談において、なるべくライブ感を出すことを大事にしています。
事前に知っている情報を確かめるのではなく、「どこの課題と繋がっているだろうか」「どうしたら、より良く育っていくだろうか」「こんな様子は見られないでしょうか」という具合に親御さんと一緒に悩み、探求していきます。
そうすることで、親御さんの中に今後の我が子の発達、より良い子育てを探求し続ける力を養っていけると考えています。


我が子が泣いているとき、スッと抱きしめられるか、スッと支援グッズを出すか。
その違いは、子どもが発達していけるか、子どもが適応という学習をしていくかへと繋がっていきます。
より良く育ってほしいと願うのが親であり、子どもの内側からの視点。
問題を起こさず支援しやすい人になってほしいと願うのが支援者であり、子どもの外側からの視点。
泣いたり、笑ったりしていたお母さんが、疲れ切った支援者のような顔をして我が子と対峙している。
子どもとのつながりが薄くなると、親御さんの表情が薄くなるものです。
親御さんは支援する必要はないし、支援者になる必要もない。
だから、支援者が教える支援なんか忠実に行う必要なんてないのです。
その家独自の子育てでいいんです。
診断名に共通した子育てなんてないのですから。




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