2016年7月27日水曜日

相模原市の事件を止められたかもしれないもう一つのタイミング

昨日、起きた前代未聞の事件。
もちろん、相模原市の障害者施設で起きた事件である。
当然、様々な感情が湧きおこってくる。
昨日は一日、私の心もざわついていた。
だが、こういった事件が二度と起こらないように“考える”ことも大事だと思う。

措置入院の治療、12日で退院した是非、医療や行政間での情報の共有、市や警察の動きなど、犯行を防げたかもしれないという場面が、いくつか言われている。
しかし、私はもう一つ大事な場面があると考えている。
それは、容疑者が働いていたときである。

最初、強度行動障害を持った人達の生活支援を3年半も続けていたことに“珍しい”と感じた。
特に若い人は、すぐに辞めていくことが多かったので。
報道によれば、働いた当初より入居者に対する暴力や暴言があったという。
また学生時代から、障害者の存在を否定するような発言をしていたとのこと。
ということは、働いた当初より行動でも、考え方でも、施設職員として不適切だったといえる。
それなのに3年半もの間、働き続けていたこと、別の言い方をすれば、辞めさせられていなかったことに疑問を持たなければならないと思う。

何故、このような問題があった職員が、3年半もの間、働き続けられたのか?
近年、障害者虐待に対する社会の目も、法律的にも、厳しくなっているのに。
辞めさせたくても辞めさせられない事情があったと想像する。
この施設は、重複障害の方、重度最重度の知的障害の方、強度行動障害の方を積極的に受け入れていたという。
ということは、職員の入れ変わりは多く、人材不足に陥っていたと想像できる。
特に若い男性職員は重宝される。
自傷や他害、パニック時の対応は、力が必要なことが多いため。
状況や状態の悪化、周囲への被害を考えると、きれいごとなど言ってられないこともある。
給料の面からも、若い職員で男性は集まりづらいので、辞めさせたくても辞めさせられなかったのではないだろうか。

また、暴力や暴言、考え方など、一般の人達が感じる衝撃、違和感と、職員同士、施設内での感じ方にギャップがあったのではないかと推測する。
先ほど述べたように、職員も身の危険を感じることは多々あるし、力で止めないといけない場合もある。
精神的にも、肉体的にも、金銭的にも、キツイ仕事である。
それを続けていく間に…というか、続けていくには思考を停止しなくてはいけないこともあるし、極限の状態になれば、冷静な判断ができないこともある。
いくら地域活動をしようとも、地域の人との交流を持とうとも、施設には見えない部分がある。
入所している人も、完璧に表現できる人達ではないので、密室になりやすく、社会の空気とは違いが出てくる。
年月が経てば経つほど、独特の空気というのものが生まれる。

これらは私の推測でしかないが、とにかく容疑者がもっと早い段階で、施設を辞めていたら、辞めさせられることができていれば、このような最悪の結果にはならなかったかもしれないと思う。
今年の2月、同僚職員に対して「障害者はいなくなればいい」というような発言をしたことを受け、施設から警察署に連絡。
それから事情聴取→措置入院となっている。
しかも、その前には衆議院議長のところに行く件もある。
こういった明らかな兆候があり、しかも警察という外部の力を借りなければ、辞めさせられなかった状況とは…。
もし明らかな兆候がなくて、辞めずに自分の宿直のときに事件を実行したとしたら…。
これ以上、ひどいことが起きていたかもしれない。

容疑者は、大学時代から障害者の存在を否定するような発言があったり、背中に入れ墨を入れたり、突然金髪にしたりと、もともと器質的なものや挫折があったのだと想像される。
こういった認知の歪みがあった上に、ある意味、特殊で過酷な環境で過ごしたことにより、歪みがよりいびつなものになったのだろう。
いくら警備員を入れたって、夜間の職員を入れたって、限界はあるし、自分の身を守りつつ、いろんな障害を持った人達を逃がすことなんてできるはずがない。
だからこそ、こういったリスクのある人物、その人物が出す兆候を事前に掴み、掴んだ人間がそのときに最善を尽くしていくしかないと思う。
この容疑者で言えば、病院、警察、市役所、施設、政治家、友人、地域の人、家族というように、いろんなところで兆候を出していた。
そのどこかで、もう少し未来を想像する力があったのなら、と悔やまれる。
想像は、リスクという芽を摘む力である。

0 件のコメント:

コメントを投稿