2016年7月12日火曜日

「歳を重ねていけば」という助言は、問題を先送りにしているだけ

中学、高校になっても、オムツのままの子がいるという話には驚きましたね。
身体的な障害があるわけではないんですよ。
かなり重い知的障害があるわけでもないんですよ。
どうしてこうなっちゃのかなと思いますね。
ほんと、この子の将来が心配です。
ちなみに、最重度、測定不能という診断を受けた知的障害を持つ自閉っ子達も、ちゃんと練習すれば、みんなオムツがとれて、自分でトイレで排泄できるようになりましたよ(施設で働いてた時)。

このオムツの子だけではなく、身辺面が未自立の子が増えたような気がします。
食事や着替え、手洗いや入浴など、教えれば身につくはずの子たちが、そのままになっているケースがあります。
児童デイのスタッフさんが言っていました。
こういった身辺面の未自立について、親御さんがあまり危機感を持っていない、と。
「年齢が上がっていけば、いつかできるようになるでしょう」
「それよりも、今、この子が楽しめる活動をしてほしい」
という考え方のようです。
結局、子どもの将来ではなく、今しか見えていないのでしょう。
今が良ければそれでいいという問題の先送りです。

先日、ある学生さんが人間関係でトラブルを起こしました。
また別の学生さんは、講義の中でのグループワークに一切参加しなくて、単位を落として続けているという相談がありました。
これもさっきの児童デイのスタッフさんのお話と共通するんです、問題の先送りという点で。
確認すると、どちらの学生さんも大学に入ってからトラブルを起こしているわけではないんですね。
つまり、高校も、中学も、小学校も、幼児期も、ずっとトラブルを抱えていたんです。
でも、この約20年間の間で、誰も向き合ってこなかった。
高校はとにかく卒業、とにかく進学率ということで、苦手だという集団活動は免除してきたし、トラブルが起きても、本人ではなく、クラスの生徒さん達を指導してきた。
小中は義務教育だから、とにかく配慮配慮配慮です。
親御さんにも「年齢が上がっていけば」「思春期が終われば」と学校は言い続け、親御さんも「そうなんだ」と先送り。
まあ、支援機関も同じようなことを言うどうしようもないところもありますが。
結局、大学に進学できたのは良いけれど、課題はそのままなんですね。

大学の次は、社会なんです。
これまでの人達と同じように問題を先送りにしたら、無職か、ひきこもりになるんです。
問題の先送りが、若者の可能性を狭めてしまうんです。

いくら作業スキルを持っていたとしても、身辺面が未自立だと働く場所はありません。
いくら大学を出たとしても、トラブルを起こすような人には働く場所はありません。
歳を重ねていくだけで成長するんだったら、発達障害と呼ばれないはずです。
問題や課題に気が付いた人が、そのときに支援してくれていたら…と思うケースが少なくありません。
「今まで、そんなことを教えてくれる人はいませんでした」と言う若者の沈んだ眼を見るたびに、私も切なくなりますね。
同時に、私だけは先送りしないと心に強く思うのです。

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