【No.1389】「普通の子の子育てがしたかった」

「普通の子の子育てがしたかった」
こんなSNSでのつぶやきをみれば
「普通の子の子育てだって大変なんだよ!」
「そもそも普通の子ってなんだよ!」
「発達障害を持つ子のことを勝手に不幸にしてんじゃねぇ!」
「そんなことを言う親だから、子どもが良くならないんだ!」
と怒りを伴ったツッコみを入れちゃいたくなることでしょう。
それが健全だし、もちろん、そんなことをSNSに投稿しちゃう人は不健全。
でもこういった人って多いですよね。
発達障害に関わらず、自分って不幸ですアピール。
または自分って頑張っているでしょアピール。


日本人って、自然の動き、動物や虫の鳴き声にすら、意味づけしちゃう人たちで、言語外の行間や行動、雰囲気、間に意味をもたらそうとしますね。
だから短歌や俳句など、限られた文字にいろんな気持ちや意味を込める文化が育った。
いまはそれがSNSに変わっただけ。
みんな、SNSで短歌を詠んでいる。
ある人は日常的なストレスの発散のために。
ある人はとにかく共感を得るために。
ある人は自分自身に言い聞かせ、洗脳するために。
ある人は自己治療のために。


「発達障害の我が子の子育てが大変」と「普通の子の子育てがしたかった」は同じ意味です。
得たいのは、「そうだよね」「そうそう大変だよね」「(それでも)頑張っているよね」という共感。
だけれども、「普通の子の子育てがしたかった」のほうがよりエッジの効いた表現で、無意識レベルでより強い共感を得ようとしている。
それだけその親御さん自身がピンチなのです。
こうなると、支援云々、こうすれば改善する、こんなアプローチがありますよ、は届かない。


こういった親御さん達は私のお客さんにはならない(笑)
みんな、病院や支援機関など、公的な機関に向かう。
自分自身がピンチのとき、ひとは共感してくれる人を求めるか、依存先を作ろうとする。
医療は「それは障害のせい」「脳のせい」「生まれつきのせい」と「親のあなたのせいじゃないから」と言い、そのあとで「薬を飲め」「また2週間後に通院しろ」「重症化予防だから」と指示を出してくれる。
支援機関は「親御さんを否定するのはご法度」という掟があるから、個人的にどんな感情を持とうとも、親の言うことはうんうんと聞いてくれる。
そして生温かい優しい言葉で、「支援を受けなさい」「治るなんて諦めなさい」と誘導してくれる。
だから、子どもの”固定資産化”は、医療と支援者と親御さんの合作なんです。


「このまま、医療や支援に頼っていたら、この子はずっと変わらないかもしれない。よくならないかもしれない」
そう思えるようになれば、このトライアングルから抜け出せるチャンスです。
「支援を受けることがこの子にとって良いことだと思っていたけれども、それは表向きであって、本当は自分自身のために医療や療育に通っていったんだ」
そこに気が付き、真の意味で我が子のよりよい発達と成長、幸せを考えるようになれば、子育てのスタートを切ることができるのです。
医療や療育に通うのは、”子育て”じゃないから。


子どもがどう育ちたいかを感じ、それを主体的に後押ししていくのが親の役割であり、子育て。
「あなたの子は発達障害です」「はい、わかりました」
「薬を飲みなさい」「はい、わかりました」
「療育に通いなさい」「はい、わかりました」
これは親の依存であって、子どもを育てていることにはならないでしょ。


「ああ、本当の子育てがしたい」
そう思えたら、ほぼゴールです。
私の発達相談を受けたあと、ググっと子どもさんが変わっていくのは、そもそもハッタツの世界のトリックに気が付き、本気で「この子のためにできることをしたい!」と思っている親御さんがやってくるからです。
親が変わるから子が変わる。
親が変わらなきゃ、子は変わらない。
変わろうとする親御さんが発達相談を希望されるので、私はちょこっとコツをお教えするだけでOK(笑)


だってね、そもそもがほとんどの依頼者、子どもが”普通の子”でしょ。
生活に支障がある、生活自体がままならない、というのなら支援やサポートが必要。
だけれども、いくら医者が「発達障害です、キリッ」って言っても、みんな、自分の足であるけるし、ごはんだって食べて消化できるし、欲しいものに手を伸ばすことができる。
「この子、重度なんです」という割には、タブレット使いこなしているし、YouTubeやゲームをして楽しむことができている。
普通級で勉強してる子も多い。
つまり、そもそもが支援の対象ではなく、一般の子育て、家庭の子育ての範疇なの。
それを儲けるために診断の範囲、支援対象の範囲をゆるゆるにし、また親の自覚や子育ての未熟さを指摘しないで、いい子いい子して依存させようとするから問題ってこと。


「普通の子の子育てがしたい」というのは、あなたが普通の子育てをしていないだけ。
目の前にいるのは、発達の凸凹や遅れがあろうとも、かけがえのない我が子なのですから。
発達って薬を飲んでも、週に1回、どこかに行ってトレーニングしても生じませんね。
日々の生活、家庭、子育ての中で進んでいくもの。
つまり、普通の子育てこそ、発達につながるんですね。
それは発達に遅れがあろうともなかろうとも、一緒です。




☆『医者が教えてくれない発達障害の治り方』のご紹介☆

まえがき(浅見淳子)

第一章 診断されると本当にいいことあるの?
〇医者は誤ることはあるけど謝ることはない
〇早期診断→特別支援教育のオススメルートは基本片道切符
〇八歳までは障害名(仮)でよいはず
〇その遅れは八歳以降も続きますか?
〇未発達とは、何が育っていないのか?
〇就学先は五歳~六歳の発達状況で決められてしまうという現実
〇現行の状況の中で、発達障害と診断されることのメリット
〇現行の状況の中で、発達障害と診断されることのデメリット
〇療育や支援とつながるほど、子育ての時間は減る

第二章 親心活用のススメ
〇親子遊びはたしかに、発達に結びつく
〇変わりゆく発達凸凹のお子さんを持つ家庭の姿
〇学校は頼りにならないと知っておこう
〇安定した土台は生活の中でしか作れない
〇支援者が行うアセスメントには、実はあまり意味がない
〇親が求めているのは「よりよくなるための手がかり」のはず
〇人間は主観の中で生きていく
〇専門家との関係性より親子の関係性の方が大事
〇支援者の粗探しから子どもを守ろう
〇圧倒的な情報量を持っているのは支援者ではなく親

第三章 親心活用アセスメントこそ効果的
〇子育ての世界へ戻ろう
〇その子のペースで遊ぶことの大切さ
〇「発達のヌケ」を見抜けるのは誰か?
〇いわゆる代替療法に手を出してはいけないのか
〇家庭でのアセスメントの利点
1.発達段階が正確にわかる
2.親の観察眼を養える
3.本人のニーズがわかる
4.利点まとめ
〇家庭で子どもの何をみればいいのか
1.発達段階
2.キャラクター
3.流れ
4.親子のニーズの不一致に気を付けよう

第四章 「我が子の強み」をどう発見し、活かすか
〇支援と発達援助、どちらを望んでいますか?
〇子ども自身が自分を育てる方法を知っている
〇親に余裕がないと「トレーニング」になってしまう
〇それぞれの家庭らしさをどう見つけるか
〇親から受け継いだものを大切に、自分に自信を持とう

あとがき(大久保悠)


『医者が教えてくれない発達障害の治り方①親心に自信を持とう!』をどうぞよろしくお願い致します(花風社さんのHPからご購入いただけます)。全国の書店でも購入できます!ご購入して頂いた皆さまのおかげで二刷になりましたm(__)m


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