【No.1140】自閉症も、発達障害も、診断名です

自分から「期日は2月7日にします」と言っておいて、「あと1ヶ月、延長します」とはどういうことだろうか、と思いますね。
こんなの民間企業がやったら、即アウト。
自分たちの見立て違い、選択の誤りを棚に置き、「いま、宣言を解除したら、気のゆるみが~」なんて、国民をバカにし過ぎです。
本来なら暴動が起きても仕方がない状況なのに、多くの日本人はホッと胸をなでおろす。
この島は天災が起きやすい場所なので、不安の強い遺伝子が多く残ったとも言われています。
でも、そういった器質があろうとも、論理的な思考、科学的な思考が育っていれば、この理不尽さ、不合理さがわかると思うのです。


いわゆる専門家が「気のゆるみ」という言葉を使っています、しかもメディアを使って。
この「気のゆるみ」とか、「二週間後にはN.Y」とか、「医療崩壊ガー」「我慢の三連休」は科学なのでしょうか。
これってすべて個人的な見解であり、意見であり、「私はそう思います」というレベルだと思います。
だから、本来なら「気のゆるみ(個人的な見解)が、感染拡大(個人的な解釈)に繋がった(個人的な意見)」という具合に注釈が入ると思うんです。
本当はこんなもの、高校卒業していたらわかる話です。
でも、多くの日本人は分からない。
今も、「GoTo」が悪いと思っている。
今も、「緊急事態宣言が出たから、PCR陽性者数が減った」と思っている。
というか、今も「陽性」と「発症」と「感染」の違いが分かっていない。


この日本という国は、特に日本の教育は「考える力」「論理的に物事を捉え、説明する力」を育ててこなかったのだと思います。
いつまで経っても、戦後から高度経済成長期の成功体験から、その価値観から脱することができないのでしょう。
だから、均一化、均質化の製造業のように、上から指示されたことをその通りこなす、という姿勢、人間そのものが作られていったのだと思います。


コロナ騒動を機に、「科学」「論理的」ということを私も勉強し直しました。
科学の基本は、「いつでも」「どこでも」成り立つ普遍的な事実を述べる、ということです。
だから、コロナで言えば、「手を10秒以上流水で洗えば、手に付着していたウィルスが100分の1になる」は科学であり、「飲食店を20時に閉めれば、感染者が減る」は非科学、個人的な意見です。


同じように「自閉症である」「発達障害である」も非科学であり、個人的な意見です。
厳密に言えば、自閉症も、発達障害も、障害名ではありません。
それらは、すべて「診断名」です。
ここのところがわかっていない人が多すぎます。
自閉症も、発達障害も、もちろん、知的障害も、ADHDも、生物学的な根拠はなにもないわけです。
つまり、「この子が自閉症である」という証明はできないのです。
そもそも自閉症は1つのカテゴリーの名前にしかすぎず、「同じ特徴がある人を自閉症と呼ぼう」と決めているだけです。
なんの科学的根拠もありません。
ここのところがわかっていれば、それこそ「障害名」ではなく、「診断名」にこだわる必要がないのです。


「うちの子は、自閉症と診断された」
それは〇〇医師の見解では、個人的な意見では「自閉症」というカテゴリーの中に入るだろう、というレベルの話です。
それ以下でも、それ以上でもありません。
それなのに、コロナと一緒で、「専門家が42万人死ぬ」と言ったから大変だ~というように、専門家の医師が我が子を自閉症と言った、この子は生涯言葉が出ないと言った、生涯支援を受け続ける子と言った、ギャ~となっている感じです。


昨年一年間、立ち替わり入れ替わり、「専門家」が出てきましたけれども、誰か正しいことを言った人はいましたか?
ちゃんと「二週間後」を予測できた人はいましたか?
占い師でも、ここまで外したら怒られますよ。
私は人は未来を予測できないし、科学も未来を予測できない、と思います。
だからこそ、人の限界、科学の限界を知るべきだし、専門家もそれをわきまえるべきなのです。


特別支援の現状は、自閉症という障害を証明することはできていません。
だから、障害名ではなくて、診断名なのです。
診断名は個人的な見解、意見。
その限界、事実に目を向けることが分をわきまえることだと思います。
今のように、そもそも本当に障害があるのかどうかわからないのにもかかわらず、その子の将来まで予測して言うなんて言語道断、とても失礼なことなのです。
だって、「あなたの子は無理」と言っているようなものだから。
子どもの未来を予測することはできません。
子どもの発達、成長を予測することはできません。
「生涯、支援」は、その専門家の個人的な意見なのですから、怒って良いですし、怒るべきです。
「偉そうなことを言う前に、分をわきまえろ、専門家」です。


数字で見れば、12月の緊急事態宣言が出る前に、既に陽性者のピークが来ていたことがわかります。
世界を見れば、ロックダウンしている国が日本の何倍も多い陽性者を出している。
こういった客観的な事実をみれば、あと1ヶ月延長することは非科学的だといえます。
そう考えると、最初から3月まで行う算段で、それを最初から言うと批判を浴びそうだから、予定通り「延長」という形にしていたとも考えられます。
あとは、飲食店に相当な恨みがあるのか、日本を潰そうとしているのか、そこに科学や論理が見えなければ、個人的な見解、意見、思惑があるのだと思います。
それこそ、端から「生涯、支援」「治らない」というのは、そこに行かせたい個人的な思惑があると疑われても、「そういっておけば自分にとって都合がよい」という考えがあると思われても仕方がありません。


今回の緊急事態宣言の延長の思惑がなんなのかはわかりません。
それこそ、人は未来を予測することができませんので、数年後、過去を振り返ったときに明らかになるのでしょう。
同じように、「この子は生涯、支援」「言葉は出ない」「症状は重くなるだけ」ということも、将来、過去を振り返ったときにしか明らかにならないのです。
だから、専門家がこういったから、と鵜呑みにするのではなく、子どもの未来、可能性を信じて、今日も進むのみです。
親が子の可能性、未来を信じられなくて、誰が信じるのです。


専門家は根拠のない予言をする。
そして外しても、謝らないし、責任を取らない。
2020年、何度も見てきた姿です。
科学とは、普遍的な事実を述べるのであって、個人的な意見を述べるのではない。
普遍的な事実、たとえば「現時点で発達の遅れがある」は良いけれども、だからといって「この子は生涯、支援を受ける」と言うのは間違い。
科学が個人の価値を決めるものではないのです。
何が良いか、真実かは「時と場合」によります。
当然、その人によって違います。
だから、科学は個人が使いこなさなければなりません。


そのためには、まずは大人が考える力、論理的な思考を行う必要があります。
情報を誰かに読み解いてもらうのはラクだけれども、個人的な価値観まで侵略されてしまう危険性がある。
まずは知ることから。
自閉症も、発達障害も、診断名です。
診断名が子の未来を決めるのではありません。




コメント

このブログの人気の投稿

【No.1358】体軸が育つ前の子と、育った後の子

【No.1364】『療育整体』を読んで

【No.1370】それを対症療法にするか、根本療法にするかは、受け手側の問題