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【No.1442】インスタの扉をあけたら時代の変化に衝撃を受けました

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インスタの扉を開けたおじさんは驚いた。 発達支援を謳う人がこんなにもいるなんて。 ほとんどは児童デイや療育機関に所属している人だけど、私のように個人事業で行っている人もいる。 てらっこ塾を立ちげた上2013年は全国的に見ても私くらいなものだったのに。 児発やデイだけじゃなくて、支援者も雨後の筍状態になったのか。 おススメに流れてくる支援者のアカウントと投稿の波に飲み込まれそうになりました。 今の子育て世代に当たる親御さん達はエックスやブログじゃなくて、インスタやTikTokが主戦場だといいます。 さすがに43のおじさんに今からTikTokを始めるのはハードルが高い。 そんな想いでインスタにしたけれども、この短い動画と写真でちゃんと伝わるのだろうか、と疑問に思う。 我が子の発達の遅れが気になる。 そんな指摘を受けた。 それで検索するのがインスタ。 で流れてくるのが、私を含めたよくわからない支援者の顔写真と主張。 この中からどれが良くて、うちの子に合うのか決めるのはとても難しいじゃないかな。 いろんな支援者の投稿を見ていて気が付いたことがある。 結構、身体や神経をターゲットにした療育が多いこと。 こうやったら「目が育つ」「耳が育つ」「身体が育つ」「動きが育つ」と身体からのアプローチで発達を促そうとしている投稿も目立つ。 動画もあるのでいくつか見たけれども、「やり続けたらターゲットとなる神経の発達は促されるよな」と思うことばかり。 でも同時に、「それって発達障害児だけの話じゃないよね」とツッコみが入る。 発達障害が神経発達症になった。 だから神経をターゲットにしたアプローチが増え、効果が出ているのは頷けます。 実際、私も実践してきたことですし。 でもインスタに出てくるアプローチの多くは、神経発達を促す遊びや運動であって、なぜ、その子にいま、それが必要なのか、が示されていません。 幼稚園や保育園で実践されていた養育をそのまま発達の遅れがある子に転用しているように感じます。 ひとことでいえば、誰にでも当てはまる方法。 神経発達を促すアイディアが幼稚園や保育園、運動、スポーツ系から入ってくるのは良いことだと思います。 選択肢が増える、それだけオーダーメイドできる可能性が増えるからです。 一方で、その子のどこに発達の課題があり、生きづらさの根っこに繋がっているのか。 またその発達...

【No.1441】2026年のご挨拶

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今年は帰省しなかったので、函館で新年を迎えました。 大晦日から降り続けた雪が20㎝ほど積もり、朝から雪かき。 そのあと、家族で初詣に行き、やっと今、ほっと一息といったところです。 外も氷点下の気温が続いていますが、やっと雲の合間から太陽の光を確認することができました。 昨年末に書いたブログの通り、今年もますます「発達障害かどうか」「診断があるかどうか」は大きなことではなくなると予想しています。 それよりも大きくなるのが、「あなたは何ができますか?」という問いに対する答えだと思います。 「何ができますか?」の“何”はAIに取って代わられない人間らしさの部分です。 小学生と中学生の子の親ですが、彼らの勉強を見ていると、30年前の私が受けた教育と基本的には変わっていません。 多少、「自分で調べて発表する」といった能動的な内容が増えた感じがしますが、根本は知識の習得であり、輪を乱さない指示に従える人間を作ることになります。 脳みそを鍛えるという意味では9年から12年、それ以上の期間、学校教育で学ぶことは良いのかもしれませんが、敢えて人間がそれだけの時間をかける必要があるのか、と思います。 そういったことはAIに任せて、人間しかできないことをやったほうが良いのではないでしょうか。 人間らしさって何だろう。 人間らしさというのは、自分の意思で、また内側から湧き出る欲求に従って行動できること。 AIには意思もないし、欲求もない。 合理的な結論よりも、ときに非効率で直感的、感覚的な行動ができる。 そこに人間らしさというものがある。 また「肉体を持つ」というのも重要な人間らしさといえます。 コロナ前までは、できるだけ普通級で、できるだけ進学という方向で助言することが多かったです。 実際、そちらの方が社会に出たときの自由度、就職率も良かった。 しかし、社会が大きく変わる今、そういったことよりも、経験と実績、技術を持つことのほうが自由に、また豊かに生きていける可能性が高くなったといえます。 昨年の発達相談でも、こういった社会の変化を念頭にお話をした結果、専門学校を目指したり、アルバイトでも実技を必要とするようなところを選択したり、というような若者とそのご家族が増えています。 コミュニケーションが苦手でも、発達が凸凹してても、知的な遅れがあっても、自分の肉体を使って働ける人間は重宝される。...

【No.1440】AIがチャッピーに変わった2025年

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「AI」と聞けば、なんか遠くの、一部の技術者のものというイメージでしたが、今年はそのAIが「チャッピー」に変化しました。 つまり、私のような一般人までもが専門的な知識も必要なく、簡単に利用できるようになった。 テレビや車が一家に一台に、ケータイが一人一台に。 このようにある一部の人だけが持っていたものが大衆化したとき、それまでの価値観、生活スタイルは大きく変わるのです。 それが2025年を振り返ったときに思ったこと。 AI化が進めば、真っ先になくなるのはちAI」と聞けば、なんか遠くの、一部の技術者のものというイメージでしたが、今年はそのAIが「チャッピー」に変化しました。 つまり、私のような一般人までもが専門的な知識も必要なく、簡単に利用できるようになった。 テレビや車が一家に一台に、ケータイが一人一台に。 このようにある一部の人だけが持っていたものが大衆化したとき、それまでの価値観、生活スタイルは大きく変わるのです。 それが2025年を振り返ったときに思ったこと。 社会のAI化が進めば、真っ先になくなるのは「裁判官」と言われています。 裁判官といえば、かなり優秀な頭を持った人がなる仕事。 あの分厚い六法全集を学び、過去の判例の中から判決を導き出す。 でもAIなら一瞬で判決を出すことができます。 もう知識の量と質では、人間はAIに敵わないのです。 アメリカでは「ブルーカラービリオネア」という言葉が今年を象徴するものになっています。 以前は低賃金だった肉体労働者がいまは大金持ちになっていく。 水道管の漏れの修理だけで1,000ドル以上もしているところもあります。 まさにAIにできない仕事だからこそ、人間、しかも腕を持つ技術者にしかできない仕事だからこそ、このような金額になる。 「AIには難しい」と考えられていたクリエイティブな作業も、かなり質が良いものができるようになっているので、明治以降、追い求めていたエリート像が崩れ去ってしまいました。 「大学に行くと貧乏になる」 これもアメリカで言われていることです。 学校教育も変わっていくでしょう。 いや、変わらなければなりません。 生きていくうえで最低限必要な「読み書きそろばん」以上のことはほぼ必要なくなるはずです。 それよりも子ども時代にいろんな体験、世界を見ることで自分の資質を確認し、なにが社会のためにできるのか、自分の...

【No.1439】「良い多動」「悪い多動」から「安心して多動」に

若いころの講座、研修への参加は「技・技術の獲得」だったと思います。 しかし私も40代に入り、この道のキャリアも20年以上になってくると、参加の目的が「言葉の獲得」に変わるのだといえます。 先日のブログでも紹介した 花風社さんの講座 です。 第二部の「社会で生きる神経を育もう」 講師は吉里恒昭さん(臨床心理士・公認心理士)。 書籍 「ポリヴェーガル理論」がやさしくわかる本 を視聴しました。 「ポリヴェーガル理論」の考え方をベースに自律神経の話、本人の意思とは異なる形で現れる行動に対する援助と子育てのアイディアなどを聴くことができました。 「ポリヴェーガル理論」自体は専門的な内容で理解するにはそれなりの知識が必要なのですが、まさに実践家で日々患者さんと接している吉里さんは「難しいことをわかりやすく」「専門的なことを自らで、家庭で取り組みやすいように」お話されていました。 我が子の行動の理解、よりよい子育てへのヒントが詰まった内容でしたので、視聴された親御さん達にとっても実りが多い講座だったと思います。 私にとっては冒頭でお話した通り、言語化を助けてもらう講座になりました。 一つ例を紹介させていただくと、「良い多動と悪い多動がある」ということ。 施設でも、いま、行っている家庭支援でも、これは「止める必要がない多動」「ポジティブな意味がある多動」と、これは「すぐに止める必要がある」「意識を別のものに移す必要がある多動」「ネガティブな意味を持つ多動」を瞬時に判断し、対応してきました。 基本的に親御さんは「多動=問題」「多動=障害」とネガティブなものとして捉えていると思います。 でも実際はネガティブなものばかりではなく、「自らの心身を整えるための多動」「自らの身体、神経を育むための多動」があります。 癒しと成長のための多動ですね。 そういった多動も、止められている場合、それができないような環境にされている場合が少なくないような気がします。 とくに療育や学校ではそっちが多いですよね。 あまりポジティブな意味で、自閉っ子、発達障害の子の行動は見られていない。 癒しと成長のために必要な多動(多動以外も)があります。 いま、このブログを読まれている方の中にも、「そうそう、発達相談のとき、そんなこと言ってた!」と思い出される親御さんもいると思います。 意味があって、必要があって、その行動...

【No.1438】「自閉症は変化が苦手」と「マスクをしないと感染する」

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私が学生の頃、自閉っ子のママたちは金曜日が大忙しでした。 なぜなら、週末の予定を決めないといけないから。 「自閉症の人には事前に予定を伝える」 という有名支援者の教えのもと、土曜日はこうして、日曜日はああして、という具合に事細かく予定をたて、それに伴う視覚的なスケジュールをせっせと作成していました。 時間がわかる子の場合は、何時何分になったら家を出る、みたいなことまで事前に知らせるのです。 ここまでだったら、定型の子ども達、ご家庭でもやるようなことなので、極端に大変だったといえないかもしれませんが、もう一つ、自閉っ子ママたちを苦しめていた自閉症支援の掟が「自閉症の人は変化(変更)が苦手」というもの。 「事前に予定を決めて伝える」+「変更はなし」となると、一気にハードになる。 私なんかは「どうせ予定を立てていても、急に雨が降ることだってあるだろうし、急用、急病になることだってあるんだから、最初から無理では」なんて思っていましたが、当時のママたちは出かける場所のトイレはどこにあって、遊ぶ場所、休憩場所、パニックになったらここ、みたいな感じで下調べもして、一日、なにがあっても最初に伝えた予定通りに進めようとしていたのでした。 そりゃあ、苦しくなりますよね、子育て、週末、我が子と過ごす時間が。 まあ、これは支援学校でもそうやっていましたけど。 そして有名支援者の研修でも、教育実習に来た私達にも、同様の指導が行われていました。 で社会人になり、アメリカに研修に行くと、これは間違いだった、ジャパンオリジナルだったことがわかったのです。 だってアメリカの研修で最初に教わったのが、「変更、変化に対応できるように子どものときから教えていく」ということ。 変更が苦手だから変更がないようにする日本人と、変更が苦手だから変更に対応できるように育てるアメリカ人。 どっちが自立度、将来の生活の幅を広げるかといえば、言うまでもありません。 島国で天変地異にビクビクしていた民族と、荒野を駆け巡っていたカウボーイとの違いでしょうか(笑) 自閉っ子がパニックになろうがお構いなし。 「だって、変更は起きるもんだし、コントロールできないでしょ」と言う。 日本でもそんな当たり前のことをちゃんと教えてあげればいいのに、有名支援者たちは「パニックは起こさせてはいけない」なんて不安商法をするもんだから、まじめな日...

【No.1437】感覚過敏と資質

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昨晩、10月に開催された 花風社さんの講座 のアーカイブを視聴しました。 まだ浅見さんのパートだけですけど。 浅見さんは「付録」と表現されていますが、ばばばっと連想が浮かんでくるような興味深い内容だったと思います。 だから、今日はそのことをお話ししますね。 「感覚過敏と資質」 私は子どもさんの相談、発達援助が中心ですので、【感覚過敏=未発達】と捉えることも、実際にそのような背景、関連性を持っている子が多いのが事実です。 あまり子どもさんの相談で、「ああ、この子は資質として過敏性をもっているな」と思うことは少ないですね。 まだ嗅覚が育っていないゆえに匂いに過敏だったり、反対に匂いを感じられなかったり。 耳全体が育っていないゆえにバランス感覚が悪かったり、聴こえる範囲が狭かったり、過剰に聴こえたり。 触覚過敏も、皮膚感覚が胎児や新生児状態で未発達ゆえに、という場合も珍しくありません。 ですから、アプローチとしては未発達である感覚をそこが育つ時期まで遡り、育て直しを行っていきます。 浅見さんが講座の中でおっしゃっていた通り、現場感覚としても子どもさんの感覚過敏は治りやすいし、治しやすい。 だって、神経発達が盛んな時期で、まさに感覚も育てている真っ最中だから。 一方で年齢が上がっていくうちに治りづらくなると言いますか、未発達である感覚を育てたとしても過敏さが残る人が増えてきます。 確かに耳を育てて聴覚の過敏さ、ご本人たちの言葉を借りれば、「音に振り回されない状態」にまで治ることができた。 耳栓やイヤーマフがなくても生活できるようになった。 人混みの中に入っても、集団内での活動も可能になった。 けれども、刺激に対する過敏さは残存している。 物音や他人の声に振り回されないけれども、ちょっとした刺激、変化に目が行く、気が付く。 視覚や聴覚過敏だった人がとくに人間関係において、相手のちょっとしたしぐさ、表情から深読みするのは、みなさんも感じることがあるのではないでしょうか。 そういった部分を適応という形で磨くことができれば、とても気が利く人、相手の気持ちの機微に寄り添える人、機械などのちょっとした不具合に気がつける人、多くの人が気が付かない次元の情報や刺激を捉え、それをクリエイティブな方向へと昇華できる人になっていく。 例を挙げるのなら過去の相談で役所で働いていた女性がいました。 ...

【No.1436】ADHDは”状態”であって”原因”ではない

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「ADHDです」と言われても、その実態、原因は直接、本人に会ってみないとわからない。 腸と皮膚が過敏で、「それだったら、脳も過敏になるよね」というADHDの子もいれば、覚醒状態が常時低いために自ら動いて意識レベルを上げている子もいる。 また排泄(泌尿器系)の未発達があり、常にそわそわしている子もいるし、背骨が育っていなくてそわそわしちゃう子もいる。 同じ背景が「不安」だとしても、愛着形成からくる不安なのか、感覚系の未発達からくる不安なのか、前頭葉の課題からくる情報処理の困難さからくる不安なのか、それぞれに違いがありますね。 あとは栄養の偏り、家庭環境の不安定さや大きな変化が一時的なADHD状態を生むこともある。 私が日々関わっている発達相談でメジャーなのは上記のような要因だけれども、その多くは重複&グラデーションがかかった複雑系です。 だから、診断名よりも、本人からその背景を読み解くことが重要なのです。 「ADHD」という診断名が薬をもらうチケットになっているような気がする相談が続いていました。 親御さんは抵抗したのですが、医師から「それしかない」と言われれば、「このまま辛い思いをさせるのですか」と言われれば、「わかりました」と返事するのも仕方がないですよ。 みんながみんな、情報を持っているわけじゃないですし、つっぱねるだけの胆力を持っているわけではないのですから。 だから問題は「〇〇しかない」と言ってしまう医師であり、専門家。 ADHDは”状態”であって”原因”ではありませんね。 状態を抑えよう、消そうとするのが薬。 状態が起きないように周りが配慮したり、手助けしたりするのが支援。 状態が起きないように学習させるのが教育。 じゃあ、発達援助は? 発達援助はその状態の背景にアプローチします。 その多くに神経発達の未発達やヌケを確認し、そこを育てることでよりよい発達を目指していきます。 発達援助を一言でいえば、子育て。 親御さんが最も多く感じる違和感は我が子をどうやって育てていけばいいか、その子育ての仕方を知りたいのに、専門家から返ってくるのは「対処の仕方」と「支援の仕方」という点。 発達援助の道に方向転換したご家族がどんどん元気になっていくのは、子どもさんがよりよく変わっていくからだけではなく、親として望んでいた子育てができるようになるから。 そんな風に思う先日の発...