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【No.1527】口では「治る」って言ってるけど

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『治る』には2つの意味がある。 病気や傷が“治る”っていうのが一般的で、最初にイメージするほうだと思う。 発達障害の分野でいえば、併存症である精神症状、うつとか、不眠症とか、そういったのが収まれば「治った」って言われる。 まあ、ほとんどは薬で抑え込むことで症状が出ないようにしてるんだけどね。 症状が「コントロールできている状態」イコール「治った」ってことにしようと医学界では決められている。 神田橋先生などの達人は一発で治しちゃうし、脳神経に対する科学的なアプローチで再発しない状態まで治療できる人もいるけど、まだまだ一般的じゃない。 もう一つの「治る」なんだけど、これは「育つ」の意味を含んでいると思う。 発達のヌケや未発達の部分、遅れを育て直していくことで、発達の課題をクリアしていこうという話。 発達障害は発達しない障害でも、神経が変化しない障害でもないもんね。 脳の神経回路がうまくつながっていなかったり、逆につながり過ぎていたり。 育つべき時期に育っていないことが、同世代の子ども達と比べて「遅れている」ように見える。 だったら、発達を促すような、神経回路がつながっていくような、育て直し、アプローチがそのまま治療になる。 自立や生活に支障がないくらいまで育ったなら、それは治ったという以外、言葉がないよね。 こんな話は改めてしなくてもわかってると思う。 それは「発達障害が治るなんてインチキだ」と言っている人たちも。 私達が長年、「治る」と言っているのは、遅れた部分が育ち、自立していくことだってことも。 繰り返しになるけど、発達が遅れている子も発達するからね。 治る否定派の人達も、子どもは発達するし、成長すると思っているから、療育に通っているんだし。 「もう少しで遅れた部分が定型に追いつく」その瞬間から発達しなくなるんだったら、それこそ、インチキだ。 遅れたところが全部が全部、定型まで育つとは言い切れないが、同世代と比べても変わりがないくらいまで育つ子もいるし、なんなら同級生よりも良く育っている部分がある子もいるね。 発達に遅れがある子ども達。 そんな子ども達がまったく、1ミリも育たないなんて思っている人はいないでしょ。 そしてそんな子ども達に育ってほしくない、できるところまで育ってほしいと思うのは、治るに対するスタンス関係なく一緒だと思うな。 じゃあ、何が違うの? 目指...

【No.1526】発達障害よりも、“子ども”ってことの方が大事

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発達障害よりも、“子ども”っていうことのほうがずっと大事だと思ってる。 子どもがどうやって発達するかっていったら、遊びだよね。 たくさん遊ぶことで身体が育つ。 外でいっぱい遊べば感覚が育つ。 ひとと一緒に遊べば社会性が育つ。 どの子も「これから発達させよう」とか、「ここからは発達の時間だ」とか、思って発達させてはいないよね。 有名な先生のもと、何時間もかけてアプローチを受けに行く。 子どもさんが高校生くらいならそれでも大丈夫かもしれないけど、幼児さんがそんな感じで出かけて行っても、集中して受けられるもんかね。 電車でも、車でも、その時間じっとしてないといけないから、身体がガチガチになるし、機嫌だって悪くなる。 だったら、近場の公園で自由に遊んでいるほうがずっと発達に繋がると思うな。 発達って、「今、刺激しました」「はい、発達します」ってことはないよね。 継続的な刺激が必要だし、脳(神経)に「この神経回路は必要性がありますよ」ってわかってもらわないといけない。 それには生活の場面で、実際に使うような神経回路じゃなければならない。 いくら子どもの神経でも、日ごろ、使わないような(余分な)回路は作られないからね。 特定の先生、特定の機関で、療育や施術、様々なアプローチを受けている家庭って多いと思う。 見ている限り、子どもは楽しそうに受けているし、ちゃんと最後までやることができている。 そんな姿を見ると、親御さんとしては安心したり、効果を期待したりすると思うんだけど、そこで、その場面で、その時間で終わっていることって多いんじゃないかな。 療育機関でできているけど、家や園ではできない。 本人も頑張ってるし、長い期間、通っているけど、じゃあ、発達が進んで当初の課題が解決できているかと言えば、そうではない。 塾のように定期的に通ってうまくいく場合は、コツを掴んだ時だけだと思うな。 すでに獲得している神経回路があって、先生の関わりをきっかけに別の神経回路と繋がるって感じ。 この動きと、この動きを合わせたら、新しい動きができた、というような。 だけど、発達障害って、発達の遅れやヌケなんだから、コツを掴む、新しいスキルを獲得するのとはやっぱり違う。 コツコツ刺激し続けることが必要なんだ。 習ってきたことを家でもやってみるという家庭も多いでしょう。 これは「コツコツ刺激する」ことになるか...

【No.1525】豊かさのあるアプローチ

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さっき調べたら花風社さんの書籍『自閉っ子心身をラクにしよう!』が出版されたのが2014年ってわかってびっくり。 なんだか最近出たような気がしていたし、もう12年も前のことだって。 今日から11月というのもそうだけど、とにかくときが経つのが早い、年取ると。 当時を思い返せば、かなりインパクトがあって、それこそ象徴的な『金魚体操』は全国どこのおうちに訪問してもやってましたね。 私に対するリクエストでも、「金魚体操をしている様子を見てください」「合っているか、教えてください」「大久保さん、やってみてください」というのが多かったですよ。 あちこちで、いろんなご家庭で金魚体操、私もしてました(笑) それからときが経ち、やっぱり20年以降は徐々に実践する家庭が減ってきた。 2014年、まだお母さんじゃなかった人たちも増えてきたからね。 でも私は子どもさんを見て、有効だなと感じる家庭には今も伝えてる。 金魚体操って、ひとによって意味が変わってくると私は考えています。 身体の緊張を弛める意味での人もいれば、頭と身体の繋がりをよくする意味の人もいる。 またトラウマ処理に繋がる人もいれば、親子の触れ合い、息を合わせる行為自体が愛着形成を進める行為となっているケースもあった。 他にも、金魚体操の効果というよりも、金魚体操を通して子どもを観察する力、日々の変化に気が付く力を養った親御さんもいたね。 「子どもの身体は揺れることによって歪みがとれる」というのは古くから言われていたことだけど、金魚体操はそこに留まらなかったのがポイント。 金魚体操はひとによって意味合いが、効果が変わってくるという点が優れていたから、あれだけ広まったんだと思っています。 なにか一つだけをターゲットにしたアプローチはつまらないもんね。 だけど、当時から私は伝えていたけど、1年も、2年も、毎日、続けるもんじゃないってね。 もし毎日、金魚体操しなければならない身体だとしたら、身体側の不具合、発達のヌケが育っていないということだから、それは問題。 そうじゃなくて、ただ「良いから」っていうので続けていても問題。 子どもの成長のゴールは自立だから、金魚体操が自分でできるようになる、金魚体操で得られた効果を別の形で、ひとを介さず自分で完結できるものへ変えていく、っていうのが大事でしょ。 この視点がないと、子どもの身体が大きくなっ...