2018年6月7日木曜日

良い地域は無い、良い支援者もいない

「(近くに)良い支援者がいない」
「私の地域は遅れている」
というのは、事実でしょう。
でも、多くの場合、情報提供という意味ではなく、一種の逃げ道、言い訳の意味で使われているように感じます。
もし危機感を持っているのなら、行動するはずです。
でも、行動しない人に限って、年中、同じことを愚痴っています。


第一、子どもをより良く育てられている親御さんというのは、支援者の有無、住む地域に関わらず、いらっしゃいます。
私が関わった若者の親御さんは、当地が「先進地域バンザイ!」と浮かれている間、どの支援者にも頼らず、ご自身で我が子の発達課題を一つずつクリアしていき、自立できるようにと身の回りのことを一つずつコツコツと教えていきました。
結果として今は社会人として働く若者の一人になっています。


だいたい「良い支援者」「悪い支援者」なんて言っているところからして間違えだと思います。
良い支援者ってなんでしょうか?
自分の愚痴を聞いてくれる人?
「お母さんは頑張っているよ」と励ましてくれる人?
子どもの支援がうまい人?
子どもを発達、成長させる人?


私は良い支援者も、悪い支援者もいないと思っています。
いるのは、職業として支援する人。
同じ支援者だって、時と場合、人によって良くもなれば、悪くもなる。
すべてが良い支援者もいなければ、すべてが悪い支援者もいないと思います。
子どものとき、良い支援者だと感じていたのに、成長した我が子とは合わない、なんてことはよくあることです。


基本的に、支援者は利用するものです。
必要なときに、必要な部分の支援、アイディアを求める。
そして必要がなくなったとき、本人の課題が変わったときには、支援者から離れるのが自然です。
また、それこそが自立に向かうということ。
全権を任せる人でも、我が子の人生が左右される人でもありません。


だからこそ、我が子をより良く育てられている親御さんの口からは、「良い支援者」「悪い支援者」という言葉が出てきません。
「自分がこの子の苦しみを取ってあげるんだ」
「自分がこの子を治し、自立の後押しをするんだ」
という気持ち、主体性と覚悟があるからです。
ですから、地域や支援者の状況を理由にせず、そのとき、そのときで、我が子に必要なことを選択し、行動することができるのだと感じます。


私は支援者の一人だから思います。
「良い支援者」「悪い支援者」と言うのはやめましょう。
その言葉を聞いた若い世代の親御さん達が主体性を発揮する前に、外側に答えがあるように錯覚させてしまいます。
また存在しない「良い支援」「良い地域」を求める旅へと向かわせてしまいます。
「そんなものはありません」とはっきり言うのが、先を生きた者の役割だと思います。
我が子をより良く発達、成長させられる人のことを「良い支援者」と呼ぶならば、それは本人自身ですし、親御さんだけだと思います。

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