2018年6月7日木曜日

啓発に費やした時間は戻ってこない

いま、どんな状況に置かれていても、自分は「自立の道へ進んでいる」「困難をクリアする道へ進んでいる」「少しずつだけれども、発達しているし、治ってきている」と感じられている人というのは、「社会の理解ガー」などと言わないし、そのような活動もしません。
反対に、年がら年中、「理解ガー」とやっている人は、誤学習している人であり、進む道を見失っている人だと感じます。


啓発ばかりやっている支援者というのは、日頃の支援で無力感を感じている人か、新しい顧客獲得のために市場開拓をしている人くらいなものです。
治すのに忙しかったら、啓発に携わる時間はありません。
こういった支援者によって、本人や親御さんは誤学習したり、進む道を誤ったりします。


社会が理解しても、本人の生きづらさは解決しないのは当たり前です。
感覚過敏は、社会の理解がないから起きるのではないし、社会性が乏しいのは、世の中の人が発達障害の知識に乏しいからではありません。


第一、本人にしろ、家族にしろ、支援者にしろ、社会に対して「自閉症の知識を」「発達障害に対する理解を」と言っていますが、その目的を辿っていけば、自分の置かれている状況が良くなってほしい、この状態から抜け出したい、と言っているにすぎません。
だいたい世の中全ての発達障害者の理解や幸せを願っているわけではないと思います。


そういったことを考えられるくらいの思考力があり、世の中の空気を読めるくらいまでの感覚が育っていたとすれば、自分の困難と社会の理解は関係ないことが分かるでしょうし、ほとんどの人間が発達障害に興味関心がないことも分かるはずです。
厳しいことを言うようですが、それが分からないからこそ、啓発に傾倒してしまうのだと思います。
社会全体、発達障害者全体のことを考えられる人は、違う道に進みます。


「理解ガー」とやっている人を見たら、普通、支援者だったら「その道、間違っているよ」と伝えるし、その人の苦しみ、困難の根っこをどうやったら治していけるか、考えると思います。
結局、社会全体に投げかけていますが、自分自身がラクになりたい、自立していきたい、と個人的な悩み、困難のことを言ってるのですから。
そういった人を自分の仕事の宣伝道具に使うのは、支援者の風上にも置けない人間だと私は思いますがね。


過去に、啓発活動ばかりやっている人に、「本当に、社会全体、発達障害を持つ人全員のことを考えて活動しているのですか?」と尋ねたことがあります。
その人は言葉巧みな人でしたので、いろんな理由を述べながら「そうだ」と言っていました。
でも、その人の悩みは、他人との距離感が分からないことであり、他人と協働して活動できないことでした。
申し訳ないですが、他人との距離感が掴めない人、自分自身の感覚が育っていない人には、社会全体のこと、発達障害者全員のことを考え、適切に捉えられることは難しいと思います。


私は「社会全体のことを考えるな」「発達障害者全体のことを思うな」とは申しませんし、啓発活動をしたい人はすれば良いと考えています。
しかし、私は支援者の一人なので、「まずは自分の課題を解決しよう」「発達のヌケや遅れを育て直す方が近道」だと思ってしまいます。


ちなみに、上記の啓発活動に熱心な人は、バリバリ支援機関を利用している当事者の方。
本人の課題を見ず、直そうとせず、「啓発いいよいいよ」「理解が足りないよね」と言っているだけでお仕事になるのなら、誰の何を支援しているんだか、と思ってしまいますね。


「理解ガー」の当事者の方達の多くは、ずっと生きづらさを抱えたままですし、ずっと世の中を恨んでいるように感じます。
そして悲しいことに、新しい啓発系当事者の人が現れると、支援者がそっぽを向き出す、その人を
大事にしなくなるということもあります。
支援者にとって、「当事者の一人だったんだ」「広告塔の一つ」だったんだと感じることもあります。


啓発に費やした時間は戻ってきませんが、発達と成長に費やした時間は、必ず後からでも活きてきます。
だからこそ、自分の時間は、自分の発達、成長、そして幸せのために使ってもらいたいと願っています。

0 件のコメント:

コメントを投稿