2018年6月12日火曜日

「はい、誤診でした」では許されない

発達障害という診断を受けた人の中で、感覚過敏などが治まり、学校や職場、地域で問題なく、生活できている人のことを、みなさんは何と表現するでしょうか?
私は「治った」と表現します。
実際にそういった方達とお会いすると、「治った」という表現がピッタリだと感じるのです。
でも、支援者の中には「治った」とは言わず、こう考える人がいるようです。
「それは治ったんじゃなくって、誤診だった」と。


「治らないから障害なんだ」という主張は、いろんなところで言われていることです。
だからこそ、症状に苦しまなくなり、支援を受けなくても、自立して生活できるようになった人は、「最初から発達障害ではなかった」ということになる。
じゃあ、最初から発達障害ではなかった人を「発達障害があります」と診断したのは誰か。
その人間の罪は大きいといえます。


障害じゃない人が、障害を持った人として生きる。
それは、その人の人生を大きく変えることであり、あったはずの選択肢と可能性を奪ったことになります。
また、障害者として治療され、教育され、支援サービスを受けてきたということは、必要のない人にみんなから集めた税金を使ったということにもなります。
これは社会的損失でもあります。
社会は、社会を担っていく人間を一人失ったことになりますし、限りある資源を不必要なことに使ってしまったのです。
一人の人間の人権を侵害した上に、社会的損失もあった。
これは大きな罪になります。


「治るはずのない障害を持った人が治ったんだったら、その人にはもともと障害がなかったんだ」
そうだとしたら、ずっと症状は変わらず存在し、支援を必要とし、支援がないと生活できない状態が続く人が「障害を持った人」ということになります。
じゃあ、改めて問います。
発達障害の人達に対し、医療は何をしているのか、どんな役割を果たしているのか。
そして、支援者は本当に支援をしているのか、それは介護ではないのか。
ずっと苦しみが続くのだったら、医療も、支援も、療育も、すべて無力だということになりませんか。


「治らないから障害です」という認識は、いわゆる専門家と呼ばれている人達が白旗を挙げたということ。
私達には、根本から苦しみをとり、自立した人生を送るだけの働きかけができないから、せめて当事者と家族に寄り添わせてください、と言っているようなものです。
だから、本人の苦しみには手をつけず、「社会ガー」「理解ガー」とやっている。
そして発達障害を持った人が犯罪を犯すと、「誤った認識が広まる」「偏見につながる」と、決まって声をあげる。
一般の人達が「また発達障害者か」「報道に抗議する前に、専門家ならどうにかしろよ」と思ってしまうのは、社会の方ではなく、当事者と親の顔を見て仕事をしている表れだと感じます。


治らない派と治る派は、一生交わることはないでしょう。
そして、それぞれの道を歩んでいく。
それで良いのだと思います。
何故なら、どちらの道を選択するかは、本人であり、家族が決めることだから。
一人ひとりが、自分の頭と腹で考え、選択していけば良いのです。
そういった一人ひとりの選択と歩みが、どちらの道が正しかったか、どちらの方が真実かを決めてくれます。
時代と未来の大人たちが答えを出してくれると思っています。


私は治るを信じ、治る道を進んでいこうと思います。
私が出会ってきた治った人達は、ただ誤診された可哀想な人ではないから。
みなさん、本人しかわからない苦しみを経験され、そして、そこから自らの足で這い上がってきたのです。
決して、「もとから障害じゃ無かったよね」「そもそも軽かったんだ」という一言で言い表せられるような方達ではありません。


「脳の可塑性」と「神経発達の障害」という言葉だけでも、治っていくと考える方が自然だと思います。
状態の固定化とは、欠損したのか、そもそも生きていないか、のどちらか。
今、目の前にいる発達障害の人達は、脳や神経が欠損しているわけではなく、同じ時代を同じように生きているのです。


「治らないから障害です」と言う人と、「神経発達を促し、治していきましょう」と言う人。
対処方法と寄り添ってくれることを求めるか、より良く育てていくことを求めるのか。
どちらが正しいとは言えないでしょう。
でも、今の親御さん達はラッキーです。
それぞれの道を歩んできた成人した人たちの姿を見ることができるから。
専門家がいくら理屈をこねくり回しても、成人した人達の姿から感じることは変えられません。


個人的には誤診でも、偽物でも、なんでも結構です。
誤診すら治せない人よりマシです。
どんどん治り、治ったあとはしっかり「発達障害だ」と言った人達に責任をとってもらいましょう。
誤診の人が増えれば、診断のあり方が問われます。
誤診の人が増えれば、「治らない」という認識が問われます。
ですから、今、治す道を歩まれている本人と親御さん達には、時代を動かす力があるといえます。
きっと今の子ども達が成人したときに、彼ら自身で答えを述べてくれると思っています。
彼らが望んだ未来が、彼らの作っていく社会です。

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