2015年11月11日水曜日

ズバッと言えない支援者ってどうなの??

ご家族や支援に携わっている人に、私は自分の支援、指導、接し方を見てもらうようにしています。
やっぱり実際に見てもらう方が、感じるもの、伝わるものがはるかに多いと思うからです。

私の支援を見てもらったあと、多くの方たちから頂く感想が「ズバッと表現している」ということ。
別に性格、言い方がきつい人間だから、私がこのような表現をしているのではないです。
ズバッという言い方は、自閉脳の人に合わせたものだからです。

情報の取りこぼしがあったり、情報の一部分を強く捕まえたりする特徴を持つ脳の方たちですよ。
相手を傷つけないようにしてかの親切心かもしれませんが、オブラートに包んだ表現、気づいてほしいなというような遠回しの表現、くどくどした説明は、はっきり言って迷惑。
自閉脳を余分に疲れさせるだけでなく、誤った認識、世界観、誤学習へとつながっていきます。
情報の取りこぼしがなるべくないように、そして的確に情報を受け取ってもらうためにも、直接的な表現で、端的に伝えるのです。
情報不足で困っているのが、自閉症の方たちです。
きちんと情報を伝えるのが支援者の役割です。
社会一般的な的確な評価を伝えるのが支援者の役割です。

ズバッと言うことに対して躊躇してしまう人の多くは、「相手を傷つけてしまうのではないか」という恐怖心だと思います。
(でも、情報不足&誤った情報の取り方をしてしまい、結果的に現実世界で失敗してしまう方が傷つきますよ!)
心と心の繋がり合いを大切にする福祉関係者は特に抵抗があるようです。
しかし、ズバッと言うのと、心に寄り添うのが共存できないと思っていること自体が誤りです。
私がズバッと言うのは、言動に対してです。
人格や心は否定するのではありません。
誤った言動をしてしまったら、きちんと「誤っている」と言います。
一般社会から考えて高すぎる自己評価には「高すぎる」と言い、低すぎる自己評価には「低すぎる」と言う。
つまり、これは情報提供です。
ズバッと言うのは、自閉脳の人たちに分かりやすいように情報提供しているだけです。

ズバッと言う私だって、自閉症の人たちと一緒にご飯に行ったり、遊んだり、悩みを聞いたり、共感したりします。
感情や気持ちなどのパーソナルな部分に対しては、人間同士の付き合いをしています。
これって当たり前のことでしょ。
どうも自閉脳の部分と、パーソナルな部分が曖昧のまま、彼らと接している人が多いように感じます。

自閉症の人と接するからといって、冗談を言うのにスケジュールで予告しますか!?
プライベートでご飯食べに行くのに、衝立を持っていきますか!?
趣味の話をして盛り上がるときに、紙に棒人間と吹き出し、ソーシャルな文章を書きますか!?

私は主に自閉症、発達障害の人たちの支援を行っています。
でも、私の中では「その人」を支援している、と思っています。
その人に困ったことがある、わからないことがある、成長するために力を貸してほしい、ということに対して応えているだけです。
その具体的な方法として、その人の特徴、つまり自閉症の特性に対するノウハウが必要で使っているだけです。
ですから、ズバッという表現は支援方法の一部にすぎませんし、実際の場面で失敗を繰り返さないようにするため、傷つかないようにするために行っているのです。
「自閉症の人が傷つかないように・・・」と思ってやっていることが、結果的に彼らを傷つけることにもつながりますので、自閉脳に合った情報提供の仕方と、パーソナルな部分への寄り添いの両方を行ってほしいと思います。

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